Billboard for Memorial

HOME > MEMO_IDOL

Photo.png

  • 歌手引退後に、大場久美子ファンクラブにて特別記念製作された『久美子♥想い出のアルバム』からのメモリアル資料です。
  • あいにく30年という経年変化により一部写真修正が不十分である事と、掲載にあたり転用禁止とした加工を施しています。
  • ◆コメントは、当時の本人による記録です。



memory1.jpg

昭和51年12月 CM撮影 -ハワイ-


◆コメント
はじめての海外、緊張のあまり顔に吹き出ものが出来て大変でした。これはハウスのCMで行ったのですが、10日間いて、ズーッと晴れだったのを覚えています。

当時の所属事務所であるボンド企画の初仕事となり、生まれて初めての海外旅行です。「ハウス・プリン」のコマーシャル・フィルムの撮影であり、このCM撮影でのふっくらとした印象からファン会報誌(サイト名称)の由来となった”プリンちゃん”の愛称が生まれました。撮影されたテレビCMは、翌年、昭和52年3月1日からスタートとなり、画面いっぱいにクローズアップされた笑顔と共に瞬く間にお茶の間の人気者となり、ファンを魅了します。ハワイでの撮影は、延べ10日間におよび、海辺で泳いだのはたった2時間という超過密スケジュールでしたが、仕事の合間にショッピングを楽しむなど、楽しい仕事でした。


memory2.jpg


昭和52年6月 東京・晴海埠頭


◆コメント
以前住んでいたところから近かった晴海埠頭で写したものです。まくがかかった様なのは、こんな天気だったんです。

デビューシングル発売月、なんと制服姿の1枚です・・・・・

memory3.jpg



昭和52年9月4日 サイン会 -東京・蒲田-

◆コメント
デビュー曲「あこがれ」のキャンペーンで、デパートやレコード店など、色々な所へ行きました。色々な方たちに会いました。この頃の楽しみは、今日はどんな人たちに会えるかな?なんて・・・・・・・。
ちょっぴり不安でもありましたけど・・・・・・。

足元のラジカセが懐かしいですね。それにちょっとふっくらしています・・・・・同期のアイドルに負けず劣らず健康そのものです。

memory4.jpg





昭和52年9月4日 サイン会 -東京・蒲田-


◆コメント
デビューしてから3ヶ月目。この頃は、日本各地をキャンペーンで回っていました。サイン会には、こんな小さなお客さんも飛び入りしてくれました。
とっても愉快で、HAPPYな毎日でした。

バンド演奏あり??応援してくれたお子様も、もう40歳に手が届きそうでしょうか・・・・・お心当たりの方はご連絡を。

memory5.jpg






昭和52年9月23日 サイン会

-東京・立川/東急デパート-


◆コメント
この日は、ファンの方といっしょに「あこがれ」を歌ったりして、楽しい1日でした。サインも今のと違うのヨ。わかった?

貴重なサイン会のスナップです・・・・しかもレアなサインが見えてます。爆発的な人気に、ファンが会場を周りを取り囲みました。

memory6.jpg



昭和52年10月1日 サイン会

-東京・銀座/三越デパート-


◆コメント
この日もたくさんの方が来てくださって、とってもうれしかった。

老舗三越でのサイン会となりました。雰囲気がまさに大場久美子そのもので、当時は、この様な衣装での登場が多かった様です。

memory7.jpg





昭和52年10月19日~21日 CM撮影 -グアム-


◆コメント
始めてのグアム。雨が降って撮影があまり進まなかった。当時いた白木さんと”ケンタッキー・フライドチキン”をたべたのをおぼえています。
(写真は東京・羽田空港にて)

引退2年前となる17歳・・・・・まさにアイドル全盛の頃で、女優の夢が、少し揺らいだ頃かも知れません。

memory8.jpg




昭和52年12月22日 クリスマス・ミニ・コンサート

-東芝ギンザセブン8Fプラスワン・ホール-


◆コメント
「メリークリスマス!」から始まって、もの知りゲーム、旗ふりゲーム、しりとり歌合戦など、楽しく過ごした1時間。この日、久美子は浅田美代子さんの『赤い風船』をものまねで歌ったんだけど、すっごくあがっちゃって・・・・・・・覚えてる?

内容を読んだだけでも楽しそうなイベントです。今から30年前ですが、清楚な感じの久美子さんですね。知名度も上がり、レコードも順調に売り上げを伸ばしていた頃です。

memory9.jpg







昭和53年1月7日 公開録音

-ラジオ関東「ハロー・ヤングラブ」-


◆コメント
追いかけないで ”クミコ”、ファンのみんなのかけ声に、圧倒されそうでした。この日、私は18歳。どんなこと思ってたのかな?

18歳になりました!この振りは・・・・そう、追・い・か・け・な・い・でですね。誕生日の翌日が公開放送となりましたので、たくさんのファンが会場を埋めました・・・・・プレゼントとファンレターの山でスタッフも嬉しい悲鳴を上げたことでしょう。

memory10.jpg









昭和53年3月 アシスタント

-TBS-TV「千と一慶生放送」-


◆コメント
52年秋から半年間、久美子がアシスタントを務めたテレビ「千と一慶生放送」 この写真は、久美子が出演する最後の日でした。泣かないつもりだったのに、”ご苦労さま”のひと言にボロボロ・・・・・・・そのあとはもう涙、涙の30分でした。

約1年半続いたお手伝いでしたが、人気パーソナリティの小島一慶さんとの番組は好評でありました。いまも思い出すと泣いてしまうかもしれませんね。

memory11.jpg







昭和53年10月 ロンドンにて


◆コメント
はじめてのヨーロッパ。うれしくて、うれしくて、徹夜でみんなにエアメールを書いて出しました。

2007年に、エトセトラの公式ブログで公開された秘蔵?の1枚です。約10日間のヨーロッパ遠征は、アルバム「カレンダー」製作の為の滞在となりしました。

memory17.jpg







昭和53年11月11日

クミコ・ラバーズ・ファースト・コンサート
-東京・中野/サンプラザ・ホール-


◆コメント
初めてのコンサート、覚えてくれていますか?久美子にとって、なにもかもが初めてのことで、わくわく・・・・・・・。
ミュージカル「5つの鍵」では、マリアとの子の役をやりました。(写真は「5つの鍵」のリハーサル)

念すべき初のコンサートは、サンプラザで開催されました。

memory12.jpg



昭和54年1月 ハワイにて


◆コメント
のんびり過ごしたハワイでの休日。サンサンとふりそそぐ太陽につつまれて、クミコ、とってもしあわせな気分・・・・・・!

久々のハワイ・・・・オフとはいえ、撮影を兼ねての旅行でした。

memory13.jpg



昭和54年1月6日 ハワイ 19歳のバースディー


◆コメント
19歳のバースディ。アグネス・ラムさんが、お祝いにかけつけてくれんだです。久美子もラムさんに負けないくらい真黒でしょ?!

貴重な誕生日のスナップです。大人気のお二人ですから、主催者企画だったのかもしれません。日本からもファンの方が同行されたのでは?

memory18.jpg





昭和54年3月22~27日 日劇ファースト・ショー

”スプリング・サンバ” -東京・日本劇場-


◆コメント
日劇のロング・リサイタルは、平日2回、休日は3回公演で行われました。毎日、毎日、楽屋は沢山のお花が届けられました。フリ-ジア、カーネーション、カトレア・・・・・まるで、お花屋さんのように甘い香りの中で、さあ、今日もガンバルゾウと力が湧いてきたのです。
(写真はオープニングの”スプリング・サンバ・ショー”)

ロングランによる一大公演となりましたが、過密スケジュールの中で全公演無事に終了しました。当時の日劇は宝塚のみならず、アイドルのショーラッシュであり、久美子さんのステージが閉幕後、翌週に榊原郁恵さんが公演されています。

memory14.jpg






昭和54年9月 レコーディング -東京・渋谷メディア・スタジオ-


◆コメント
最後のレコーディング。ものすごく緊張しました。なんともいえぬ感慨がこみあげてきて、終わった時、涙が出てきました。

オールナイトニッポンでのレギューラー番組にも出演されており、番組の中では、自身が目指す女優への憧れをリスナーに話しました。多くの久美子ファンが、歌番組、アイドル番組からその姿を失う事に戸惑いを隠せず、本人以上に何をどうしたらよいのかを悩んだはずです・・・・。

memory15.jpg




昭和54年10月 山中湖にて


◆コメント
チョットいふんいきが違うでしょう。頭にかかぶっているもの・・・・・・なんと、カーテンなのです。

日一日とサヨナラ公演が近づいている頃の1枚です。写真集用の撮影かもしれませんが、心なしか引退の文字と共に寂しさを表している感じがします。

memory19.jpg




昭和54年10月7日 牧方コンサート・”ディスコ・ドリーム”


◆コメント
ディスコ・ドリーム AH
ディスコ・ドリーム AH
時のネックレス はずしてきたの
そう、ステージに立っているとき、時は流れてしまったような錯覚さえしました。

大場久美子最後の遠征は、関西・牧方でのステージとなり、多くのファンが、その姿を惜しみました・・・涙。

memory16.jpg







昭和54年11月23日 おめでとうノミネート

-第10回日本歌謡大賞-


◆コメント
ひとり、ひとりのノミネートが発表されるシュンカン、まるで自分のことのようにドキドキしたり、よろこんだり・・・・・・とってもキンチョーしちゃいました。

引退後すぐに行われた司会者の大役ですが、ベテランの高島忠雄(当時49歳)さんと無事に務めました。会場はNHKホールでしたが、当日の模様が、テレビ東京系列にて全国へ放送されました。

hongkong1.jpg







昭和54年11月9日~11日 -香港にて-


◆コメント
このときのクミ・・・・・・遠くを見ながら何を考えていたのかしら?
今までの忙しさからは、考えられないこのひと時。いつまでも・・・・・・こうしていたい・・・・・・いつもまでも。

歌手引退後に、雑誌の独占取材にて香港に出掛けた際のスナップです。遠くを見つめた姿には、やや寂しさを伺えるところも・・・・・実際は、複雑な心境であったかもしれませんね。

hongkong2.jpg








◆コメント
すごくきれいでしょう。香港の夜はとてもステキなんです。ネオンの下では、とても活気があって、いつまでも、いつまでも夜が続きそうー。夜明けがやってくるのかしら?って感じ。この時は、食後の散歩。チャイニーズルックが、よく似合うでしょう・・・・・。

チャイニーズルックはなかなかのもので、ファン必見ですよね。こちらの場所で撮影された別のワンカットが雑誌記事のトップに掲載されています。取材は、大場久美子フィットネス感覚旅行と題して、グルメ、ジョギング、太極拳と、19歳最後を香港で満喫している様子を記事としています。

hongkong3.jpg







◆コメント
このソフト・クリームとても大きいでしょう。まとめて2本も食べちゃった。というのも、香港はまだまだ暖かいんです。寒い所から行ったので暑かったくらい。とてもおいしかった!!

こちらの撮影も別のワンカットが1枚掲載されています。ソフトクリームには目がありませんので、いくつでも食べてしまいそうですね・・・。

hongkong4.jpg








◆コメント
クミの後ろを見て。たくさんの人がいるでしょ!?そう、ここはおいしいものが、ズラーリならんでいる市場なのです。一通り回ったらお腹がグルルル・・・・・・。さあて、今日は何を食べようかな?

雑誌記事によれば、なっ、なんと!市場では、大人気分のシルク1枚を買うことにしたとの爆弾発言あり。さて、本当のところは・・・・・。